このコラムは、歴史の正解を決める場所ではない
2014.05.28
昔の人に、
「本当はどうだったのですか」
と聞くことはできません。
だから私たちは、残ったものを見るしかありません。
文献を見る。
伝承を見る。
神社を見る。
墓や塚を見る。
地名を見る。
遺跡を見る。
供物を見る。
昔の地形を見る。
そして、それらがどこで重なるのかを考える。
そこから、
「私はこうだったのではないかと思う」
と自分なりの答えを出す。
それが間違っている可能性もあります。
別の人は違う答えになるかもしれません。
それでいいと思っています。
このコラムは、歴史の正解を決める場所ではありません。
残された痕跡から、その時代に生きた人間を想像する場所です。
誰が正しかったかを最初に決めない。
その人は何を見ていたのか。
何を守りたかったのか。
何を恐れていたのか。
家族はいたのか。
食べ物はあったのか。
逃げる道はあったのか。
そこまで考えてみる。
そして最後に、
「もし自分がその場所にいたら、どうしただろう」
と少しだけ考えてみる。
歴史上の人物は、教科書の名前ではありません。
私たちと同じように迷い、怖がり、愛し、決断した人間だったはずです。
その人間を取り戻すこと。
このコラムでやりたいのは、たぶんそこなのだと思います。
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