なぜ人は、名前も分からない墓を守るのか
2014.05.14
山の中や神社の奥に、誰の墓なのかはっきり分からない塚があります。
石が積まれている。花が置かれている。酒が供えられている。誰かが掃除をしている。
でも、その人物について詳しい説明は残っていない。
普通に考えると、不思議です。
理由が分からないなら、やめてもよさそうです。便利な場所でもない。観光地でもない。誰かに頼まれているわけでもない。
それでも人は守る。
ここに、人間の記憶の面白さがあると思います。
最初の世代は、理由を知っていたのかもしれません。
「あの人がここに眠っている」
「あの人がこの土地を守った」
「ここを粗末にしてはいけない」
そういう具体的な話があった。
ところが百年、二百年と経つと、細部が抜けていきます。
名前が曖昧になる。時代も分からなくなる。出来事も神話や昔話と混ざる。
でも、
「ここは大切な場所だ」
という部分だけは残ることがあります。
人間は、すべてを言葉で伝えるわけではありません。
行為でも伝えます。
ここへ来たら石を置く。
年に一度は掃除する。
花を供える。
子どもにも手を合わせさせる。
その行為が、説明の代わりになります。
だから私は、名前の分からない墓や塚を見る時に、「誰の墓か証明できない」で終わらせたくありません。
むしろ、
なぜここだけが守られ続けたのか。
その方が大切です。
説明が消えても、守る行為が残る。
そこには、文字より長生きする記憶があります。
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