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日高見国の「最後」をアテルイにしていいのか

2014.04.29

ここまで来ると、一つ危険な誘惑があります。

日高見国があり、その最後の抵抗者がアテルイだった。

一本の物語にすると、とても分かりやすい。

でも、そこはまだ慎重にしておきたいと思います。

日高見国と呼ばれたものが、アテルイの時代まで同じ政治組織として続いていたことを
示す証拠はありません。

何百年という時間があります。

地域社会も変わります。

人も入れ替わる。

勢力も変わる。

だから「アテルイは日高見国最後の王だった」と言ってしまえば、それは物語としては
美しいけれど、歴史考察としては飛びすぎます。

ただし、別の形ならつなげられると思います。

古い時代から東日本には、大和とは異なる地域社会が存在した。

その社会は一つではなく、いくつもの地域勢力や文化圏から成っていた。

大和を中心とする国家が拡大するにつれ、それらの地域は少しずつ制度の中へ
組み込まれていった。

そして東北では、その過程が遅くまで続いた。

その最後の大きな衝突の一つに、アテルイとモレの戦いがある。

これなら、無理に一本の王朝へする必要はありません。

日高見国からアテルイまでをつなぐのは、「同じ国が続いた」という一本の血筋ではなく、
東日本に長く残った地域の独自性そのもの。

私は今、この方がずっと自然に見えます。

そして、だからこそ面白い。

一つの国が滅びた物語ではありません。

いくつもの地域社会が、何百年もかけて別の国家秩序へ組み込まれていく物語です。

そこには戦争だけでなく、婚姻も、交易も、移住も、祭祀も、妥協もあったはずです。

歴史の本当の姿は、勝ったか負けたかだけではなく、その途中にあるのだと思います。

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