古代の「津」から神社を見ると、景色が変わる
古い神社を訪ねていると、ときどき不思議に思うことがあります。
どうしてこんな場所に、これほど古い神社があるのだろう。
現在では海から離れている。
大きな町でもない。
交通の中心にも見えない。
ところが昔の地形を見ると、答えらしきものが見えることがあります。
昔は、そこまで海や湖が入り込んでいた。
あるいは大きな川が流れていた。
そして近くには「津」と呼ばれる場所があった。
「津」は船が着く場所です。
現代で言えば港ですが、昔の港は単に船を停める場所ではありません。そこには人と物が集まり、荷物を積み替え、情報が交換されます。
当然、お金も動きます。
有力者も必要になります。
水路を管理する者、交易をまとめる者、土地を支配する者も現れるでしょう。
そして船に乗る人間にとって、水は便利であると同時に怖いものでもあります。
風が変わる。
波が立つ。
川が増水する。
突然帰れなくなる。
現代人よりも自然に近いところで生きていた人にとって、航海の安全を祈ることは宗教以前に生活そのものだったのではないでしょうか。
だから私は、
津ができる。
人が集まる。
交易が育つ。
有力者が現れる。
祭祀が大きくなる。
そんな順番も考えてみたいと思います。
鹿島と香取を見ると、その想像がとてもよく似合います。
古代の大きな内海を挟み、人と物が船で動く。その重要な場所に祭祀の中心が育ち、その周辺に有力者の墓が築かれていく。
神社を宗教だけで見ると、歴史はそこで止まります。
でも「なぜここなのか」と考えて古地形を見ると、物流や政治まで一緒に動き始めます。
そしてこれは鹿島・香取だけの話ではありません。
古社の位置と昔の海岸線や川、津を重ねていけば、今まで点だった神社が、水上交通の線で結ばれていく可能性があります。
その線をさらに広げれば、人の移動が見えてくる。
交易が見えてくる。
勢力圏まで見えてくるかもしれません。
神社の由緒だけを読んでいては見えなかった世界です。
昔の人も、突然そこに神社を造ったわけではないはずです。
そこを選ぶ理由があった。
まず、その理由を土地から探してみる。
私はその方が、ずっと人間の歴史に近づける気がします。