鈴鹿峠に立つと、鬼の話が少し違って見える
2014.02.27
地図だけで歴史を考えると、
鈴鹿峠は三重県と滋賀県の境にある一点です。
でも実際には山です。
急な坂があります。
曲がりくねった道があります。
深い谷があります。
天候も変わります。
江戸時代にも鈴鹿峠は東海道有数の難所として知られ、その麓の坂下宿には本陣三軒、
脇本陣一軒、旅籠四十八軒が並ぶほど、多くの人々が峠越えに備えました。
そして峠の中腹には片山神社があります。
亀山市は片山神社を『延喜式』にも載る古社として紹介しています。
滋賀県側へ降りれば、坂上田村麻呂を祭神とする田村神社があります。
滋賀県神社庁に残る由緒では、弘仁年間に田村麻呂を祀ったと伝えています。
山。
峠。
古社。
田村麻呂。
鬼の伝承。
全部が同じ場所に重なっています。
もちろん神社の由緒が、そのまま8世紀や9世紀の出来事を証明するわけでは
ありません。
でも、現地を見る歴史では、ここを捨ててはいけないと思います。
なぜこの場所に神社があるのか。
なぜ峠の両側で田村麻呂の記憶が残ったのか。
なぜ旅人たちは、この場所で神に祈ったのか。
人間は怖い場所に、祈る場所をつくります。
海なら港。
川なら渡し。
山なら峠。
人が命の危険を感じる場所には、神や仏の記憶が残りやすい。
鈴鹿峠で鬼が語られた背景には、
政治だけではなく、
「この山を無事に越えたい」
という何千、何万人もの旅人の恐怖も混ざっているのかもしれません。
土地を見ると、
鬼の顔が少しずつ変わってきます。
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