「越」は、もともと巨大な地域だった
2014.02.23
現在の福井県、石川県、富山県、新潟県。
今ならそれぞれ別の県です。
しかし古代には、この日本海側の広い地域が「越」「高志」などと呼ばれていました。
富山県は、北陸地方一帯がかつて「越(高志・古志)の国」と呼ばれ、7世紀末に越前・越中・越後へ分かれたと説明しています。
福井県史にも、律令制以前の広い「越」があり、その後いくつもの国へ分かれていった過程が記されています。
ここで面白いのは、
後世の行政区分から古代を見てはいけない、
ということです。
現在は県境で区切られている場所も、昔の人にはそんな線は見えません。
日本海があります。
川があります。
山を越える道があります。
船があります。
人は魚を運び、塩を運び、鉄を運び、情報を運びます。
つまり越とは、単に巨大な「県」があったというより、
日本海側に広がる大きな人と物の世界として考える方が面白い。
ただし、ここから日高見国や飛騨と政治的な一つの連合国家を作っていたとまでは、
現在確認できる史料では言えません。
でも考える価値はあります。
太平洋側には東国。
日本海側には越。
山中には飛騨や信濃。
その向こうには東北。
古代の日本列島は、
大和を中心にした一本の木だけではなく、
各地に根を張る木々が森をつくっていた。
そんな景色だったのではないでしょうか。
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