祠の前で、誰かが立ち止まった跡
2014.02.07
山道の途中に、小さな祠があります。
立派でもない。
観光地でもない。
説明板もない。
でも、花がある。
小さな石が積まれている。
ときどき、酒や菓子が置かれている。
私は、こういう場所を見ると想像してしまいます。
誰かがここで立ち止まった。
手を合わせた。
少し話しかけた。
そしてまた歩いていった。
その人は、何をお願いしたのでしょう。
家族の無事かもしれない。
病気が治ることかもしれない。
遠くへ行った人が帰ってくることかもしれない。
あるいは、お願いなんてしていなかったのかもしれない。
ただ、
「今日も来たよ」
と伝えただけかもしれない。
私は、祠って不思議だと思います。
大きな神社のように、たくさんの人が集まるわけではない。
それでも消えない。
誰かが掃除する。
誰かが花を替える。
誰かが倒れた石を直す。
その誰かの名前は残らない。
でも、その人が来たことだけは残る。
花が新しい。
石が増えている。
道が少し踏み固められている。
つまり祠の周りには、
見えない人の気配が積み重なっている。
私は、そこがとても好きです。
何百年前の誰かも、同じ場所で立ち止まったかもしれない。
同じ木を見たかもしれない。
同じ風を感じたかもしれない。
そう考えると、時間が少しだけつながる。
歴史は、立派な建物の中だけにあるわけではない。
山道の小さな祠にもある。
そこへ来た人たちの名前は分からない。
でも、
「ここを大切にした人がいた」
ということだけは分かる。
私は、そういう痕跡を見ると、昔の人が急に近く感じられます。
祠は、神様の家である前に、
誰かの気持ちが、ずっと置かれてきた場所
なのかもしれません。
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