季節を読むことは、生きることだった
朝の空気が少し変わる。
山の色が変わる。
虫の声が変わる。
風の向きが変わる。
昔の人は、そんな小さな変化を今よりずっと敏感に感じていたと思います。
なぜなら、季節を間違えると暮らしそのものが困るからです。
種をまく時期。
田植えをする時期。
魚が来る時期。
山菜が採れる時期。
台風が来る頃。
雪への備えを始める頃。
今のように天気予報を見ることはできない。
だから空を見る。
雲を見る。
風を感じる。
鳥や虫を見る。
植物を見る。
自然そのものがカレンダーだった。
私は、日本人が季節を大切にしてきた理由は、最初から風流だったからでは
ないと思っています。
まず、生きるために必要だった。
でも何世代も自然を見続けるうちに、
「今年も桜が咲いた」
「もう蝉が鳴いている」
「夕方の風が秋になった」
そんな変化を楽しむ感覚が生まれていった。
必要だったものが、やがて文化になった。
だから日本には、季節の行事がたくさんあります。
正月。
節分。
桃の節句。
花見。
田植えの祭り。
盆。
月見。
収穫祭。
季節が変わるたびに、人が集まる。
食べる物も変わる。
飾る物も変わる。
着る物も変わる。
私は、ここが面白いと思っています。
日本人は自然を、家の外にある景色として見ていたのではない。
暮らしの中へ入れていた。
暑ければ戸を開ける。
寒ければ囲炉裏を囲む。
雨が多ければ屋根を工夫する。
季節に逆らうのではなく、季節に合わせて暮らし方を変える。
春には春の暮らし。
夏には夏の暮らし。
秋には秋の暮らし。
冬には冬の暮らし。
一年中同じ生活をしようとはしなかった。
自然が変わるなら、人間も変わればいい。
私は、この柔らかさも日本らしさだと思っています。
季節を愛したから、季節を暮らしに取り入れたのではない。
季節と一緒に生きていたから、いつの間にか季節を愛するようになった。
日本人の季節感は、飾りではない。
長い暮らしの中から生まれた、生活そのものだったのだと思います。