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古代日本は、共和国のように動いていた

2013.09.18

古代日本が連合国家だったと考えると、次に気になることがあります。

では、その連合はどうやって物事を決めていたのか。

一人の王が全部を決めていたのなら話は簡単です。

でも私は、そうではなかったと思っています。

地域ごとに長がいる。

祭祀を担う人がいる。

農業に詳しい人がいる。

水を知る人がいる。

船を扱う人がいる。

ものづくりに優れた人がいる。

つまり、社会にはいろいろな役割を持つ人がいた。

そして問題によって、前に出る人も変わった。

水の問題なら、水を知る人。

交易なら、海や道を知る人。

祭祀なら、祭祀を担う人。

争いなら、それぞれの地域の代表が集まる。

私は、こうやって物事を決めていたのだと思っています。

今の言葉で言えば、かなり共和国的な仕組みです。

もちろん、現代の共和国と同じ制度があったという意味ではありません。

選挙があったとか、議会があったという話でもありません。

でも考え方は近い。

一人の支配者の国ではなく、いくつもの地域や役割を持った人たちが国を動かしていた。

大事なのは、誰が一番偉いかではない。

その問題を誰が一番よく知っているか。

誰がその役割を担えるか。

そこだった。

これは、私たちが考えてきた縄文以来の「役割平等」ともつながります。

力の強い人。

手先の器用な人。

植物を知る人。

人をまとめる人。

祭祀を担う人。

みんな違う。

だからこそ、一つの共同体が成り立つ。

古代日本の連合国家も同じだった。

地域ごとに違う。

得意なことも違う。

でも必要な時には集まり、話し合い、役割を分ける。

卑弥呼のような「ひみこ」も、その中で祭祀を通して人々をつなぐ存在だった。

地域の長も、絶対的な王ではなく、その土地を代表する存在だった。

技術者集団も、政治とは別の形で各地をつないでいた。

だから古代日本は、

王が国民を従わせる国ではなく、地域と人が力を持ち寄って動かす国だった。

私は、そこに日本らしさの原点があると思っています。

支配ではなく連合。

命令ではなく話し合い。

上下ではなく役割。

そして、違う者同士が一緒にやっていく。

それが、古代日本の共和国的な姿だったのだと思います。

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