卑弥呼は、女王ではなく連合をまとめる祭祀のトップだったのか
卑弥呼というと、邪馬台国を支配した女王として語られます。
でも私は、そこに少し違和感があります。
もし邪馬台国が一つの国ではなく、いくつもの地域がつながった連合体だったのなら、その中心に必要なのは「全部を命令する王」ではありません。
むしろ、みんなが集まれる存在です。
私は、それが「ひみこ」だったのではないかと思っています。
「ひみこ」は個人名ではなく、太陽を祀る巫女たちのトップ。
地域ごとに違う祭りや暮らしがあっても、太陽はみんなに共通しています。
日が昇る。
作物が育つ。
季節が巡る。
だから太陽を祀る祭祀のトップは、地域を越えて人をつなぐことができた。
政治家というより、連合の精神的な中心です。
普段はそれぞれの地域が自分たちで暮らす。
でも大きな祭り、災害、争い、外国との交渉のような時には、「ひみこ」のもとへ集まる。
中国側から見れば、それは女王に見えたでしょう。
でも日本側では、
「この人が私たちを支配している」
ではなく、
「この人が、みんなをつないでいる」
という感覚だったのかもしれません。
そして「ひみこ」という役割は、一人だけではなかった。
宇佐、四国、淡路、近畿。
人が移動し、枝分かれするたびに、太陽を祀る風習も一緒に広がった。
土地が変われば、祭り方も変わる。
山の信仰と混ざる。
海の信仰と混ざる。
祖先信仰とも混ざる。
それでも根っこには、太陽と「日の巫女」が残った。
私は、卑弥呼を一人の超人的な女王として見るより、
大きな連合をつないだ、祭祀のトップの一人
として見る方が自然だと思っています。
支配する人ではなく、つなぐ人。
もしかすると、それが卑弥呼の本当の役割だったのかもしれません。