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飛鳥寺と渡来系工人|日本最初の本格寺院をつくった技術者たち

2013.08.03

西暦588年。

飛鳥で、日本ではまだ誰も経験したことのないほど大きな建築プロジェクトが始まります。

飛鳥寺です。

蘇我馬子が発願した、日本最初の本格的な仏教寺院とされています。

ところが、寺を建てようとしても問題があります。

当時の日本には、本格的な仏教寺院を建設した経験がほとんどありません。

巨大な建物をどう配置するのか。

瓦をどう作るのか。

塔をどう建てるのか。

仏像をどう作るのか。

分からないことだらけだったはずです。

そこで記録に現れるのが、海の向こうから来た人々です。

奈良県の資料では、588年に百済から僧だけでなく、寺工や瓦博士などの技術者が来たとされています。

ここから飛鳥寺を見ると、景色が変わります。

これは単なる「お寺の建設」ではありません。

巨大な技術移転の現場です。

瓦を焼く技術。

建物を設計する技術。

木材を加工する技術。

金属を扱う技術。

仏像を作る技術。

知らなかった仕事を、実際に目の前で見て覚える人もいたでしょう。

最初は百済から来た技術者にしかできなかった仕事も、一緒に作るうちに土地の人が覚えていく。

そして次の建物では、その人が誰かに教える。

そうやって技術は人の中へ移っていきます。

奈良県の文化財資料では、飛鳥寺から出土した瓦が百済の瓦とよく似ていることも紹介されています。

文字の記録と、地面から出てきた物がつながります。

ここが面白いところです。

1300年以上前の出来事なのに、瓦が証人として残っているのです。

蘇我馬子という名前は歴史に残りました。

けれど、実際に柱を削った人の名前は分かりません。

瓦を焼いた人も、屋根に上げた人も分かりません。

それでも、その人たちの仕事は残っています。

飛鳥寺を「蘇我氏が建てた寺」とだけ見ると、一番面白い部分を見落とします。

海を渡ってきた人。

その技術を受け取った人。

一緒に作った人。

そして次の世代へ伝えた人。

飛鳥寺は仏教の歴史だけでなく、日本のものづくりが大きく変わった瞬間を閉じ込めた場所でもあるのではないでしょうか。

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