鹿島・香取・息栖。三社はなぜ水の世界に集まったのか
鹿島神宮、香取神宮、息栖神社。
現在では「東国三社」と呼ばれています。
鹿島と香取は、古代から特別な位置に置かれた二つの神宮です。一方の息栖は「神宮」ではありません。それでも後世、この三社は一緒に巡るものとして人々に意識されるようになりました。鹿島神宮の説明でも、鹿島・香取に息栖を加えた東国三社参りが江戸時代に盛んになったことが確認できます。鹿島神宮 | 常陸国一之宮
ただ、私は「江戸時代に三社参りが流行ったから三社になった」だけでは、少し物足りなく感じます。
地形を見ると、三社はすべて水の世界にいます。
鹿島の西には北浦。
香取の北には利根川と、かつての香取海。
息栖も常陸利根川などが入り組む水郷の中にあります。
道路を消し、昔の水面を戻してみると、この三社は別々の町にある神社ではありません。
船で行き来できる一つの世界の中に立っています。
特に息栖神社は興味深い存在です。主神の久那斗神は道や境界に関わる神とされ、相殿には天乃鳥船神、住吉三神が祀られています。交通、船、海上という性格が、非常にはっきりしています。息栖神社自身も、水郷と舟運との深い関係を伝えています。息栖神社
ここで、三社の役割を同じものとして考えない方が面白いと思います。
鹿島と香取は大きな祭祀の双柱。
息栖は、その間を流れる水の道や境界に関わる祭祀点。
もちろん、これが古代の人々の正式な役割分担だったという証拠はありません。
でも地形、祭神、船、水路を一緒に見ると、そう考えてみたくなる配置です。
さらに現在の鹿島神宮の御船祭では、大船津から出た船団を息栖神社の船が先導し、香取側へ向かいます。90隻を超える船団が、かつて香取海と呼ばれた水域を進みます。これは現代まで残った祭礼ですが、水によって鹿島・息栖・香取がつながる風景を目の前に見せてくれます。鹿島神宮 | 常陸国一之宮
三社を道路地図で見ると三角形です。
しかし船の上から見れば、三角形ではありません。
すべて水路でつながっています。
この違いは大きいと思います。