饒速日は、なぜ消されなかったのか
2014.06.26
普通なら、勝った側にとって都合の悪い人物は歴史から小さくなっていきます。
ところが饒速日は消えませんでした。
神武より先に大和へ入った存在として残る。
長髄彦と結び付く。
物部氏の祖としても位置付けられる。
神社でも祀られる。
これはかなり不思議です。
もし完全な作り話なら、なぜこんな複雑な人物を物語の中に残す必要があったのでしょう。
逆に、実際に大きな勢力や記憶が存在していて、消すことが難しかったため、新しい物語の中へ組み込んだと考えると、少ししっくりきます。
歴史では、古い勢力を全部消すより、新しい系図へ組み込む方が支配しやすいことがあります。
「あなたたちの神は間違いだ」
と言えば反発が起きる。
でも、
「その神も、こちらの大きな神話体系の中に入っています」
とすれば共存できます。
饒速日の存在が、そのような政治的統合の痕跡なのかどうかは分かりません。
ただ、消えなかったという事実は重いと思います。
名前が残る。
系譜が残る。
神社が残る。
土地との関係が残る。
そこまで残った人物を、「神話だから」で終わらせるのは少しもったいない。
むしろ、なぜ消せなかったのか。
そこから考える方が、ずっと面白いと思います。
新着記事
人気記事
カテゴリー
アーカイブ