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飛鳥は「政治の都」だけではなく、巨大なものづくりの現場だった

2013.06.16

飛鳥と聞くと、天皇や宮殿、寺院など、政治の中心だった場所を思い浮かべます。

でも明日香村に残る遺跡を見ると、政治だけでは説明できない場所だったことが分かります。

明日香村が紹介している飛鳥池工房遺跡では、金・銀・銅・鉄を使った金属加工、
琥珀・水晶・ガラスを使った玉づくりなど、多くの手工業生産が行われていたとされています。

富本銭の鋳造でも知られ、村はこの遺跡を「古代の総合工房跡」としています。

これをものづくりの現場として考えてみます。

金属を加工する人。

ガラスを扱う人。

玉を作る人。

窯を扱う人。

材料を運ぶ人。

燃料を集める人。

完成した製品を使う人。

これだけ多くの技術が一つの地域に集まれば、当然、職人だけでは成り立ちません。

食料を供給する人も必要です。

水も必要です。

道も必要です。

大量の材料や製品を動かす仕組みも必要になります。

飛鳥には、水を扱う技術の跡もあります。

飛鳥水落遺跡について、明日香村は八釣川から木樋で水を導き、銅管などを使った施設が
見つかっており、漏刻、水時計の施設と考えられていると紹介しています。

つまり、この地域には金属加工だけでなく、水を正確に扱う技術も存在していたことになります。

ここまで見ると、私は「飛鳥に政治の中心が置かれたから、技術者が集められた」という
一方向だけではなく、逆の可能性も考えてみたくなります。

もともと人が集まる。

技術が集まる。

材料が集まる。

ものを作る人が集まる。

そこには道や水や物流も整っていく。

そうした場所だからこそ、後に大きな政治的中心を置く条件も整ったのではないでしょうか。

王がすべてをゼロから作ったのではなく、すでに存在していた技術者や地域の人々の力を利用し、
さらに大きな社会へ発展させていった。

飛鳥は「政治をした人の町」である前に、多くの人が働き、作り、運び、技術を交換していた
巨大なものづくりの現場だったのではないでしょうか。

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