楠木一族と南北朝合一。五十六年の争いは、本当に終わったのか【5】
記憶を守り続けた人々。
そのすべてが、正成という人物の歴史につながっているのではないでしょうか。
運命共同体は、同じ考え方を持つ人々だけでつくられるのか
南北朝の争いを振り返ると、最初から敵と味方が固定されていたわけではないことが分かります。
鎌倉幕府を倒すために協力した人々が、後に対立しました。
北朝側の武将たちの間でも争いが起きました。
南朝を支えていた正儀が、室町幕府へ加わったこともありました。
そして、再び南朝に戻りました。
同じ時代を生きながら、人々は何度も異なる選択を重ねています。
ここで、私たちが考えてきた「運命共同体」という視点に戻りたいと思います。
運命共同体とは、最初から全員が同じ考え方を持っている集団なのでしょうか。
私は、そうではないと思います。
同じ土地に暮らしていても、それぞれに違う仕事があり、立場があり、経験があります。
意見が対立することもあります。
守りたいものが違うこともあります。
しかし、だからといって、互いの人生が無関係になるわけではありません。
同じ地域で暮らしている以上、一人の判断がほかの人々の生活に影響することがあります。
戦争が始まれば、政治的な立場とは関係なく、そこに暮らす人々が被害を受けることもあります。
反対に、互いの考え方を受け止め、協力することができれば、一人では解決できない問題を乗り越えられることもあるでしょう。
南北朝合一は、異なる立場にいた人々が、戦いを終わらせるために一つの答えを探した出来事でした。
しかし、合意が成立しただけで、互いの信頼まで完成したわけではありません。
約束を守り、異なる立場の人々が共に生きていくためには、その後も考え続ける必要があったはずです。
運命共同体とは、ただ同じ運命を受け入れる集団ではなく、それぞれの人間が考え、学び、異なる力を持ち寄りながら、共に生きるための新しい答えを探していく関係なのではないでしょうか。
戦いが終わった後に、本当の仕事が始まる
1392年、南北朝は合一しました。
歴史の年表では、一つの大きな区切りです。
しかし、その日を迎えた人々にとって、すべてが終わったわけではなかったでしょう。
長く続いた争いによって荒れた土地をどう立て直すのか。
失われた人々の暮らしをどう取り戻すのか。
これまで敵対していた人間同士が、どのように協力していくのか。
そして、交わされた約束をどのように守っていくのか。
その一つひとつに、時間と努力が必要だったはずです。
戦いに勝つことができても、その後の社会を築けるとは限りません。
反対に、戦いで敗れた人々にも、次の社会をつくるためにできることがあります。
土地を耕す人々がいます。
道を直す人々がいます。
建物をつくる人々がいます。
商いを再開する人々がいます。
子供たちに知識や技術を教え、次の世代へ伝えていく人々もいます。
そうした一人ひとりの働きによって、社会は少しずつ新しい姿へ変わっていきます。
政治の中心にいた人々が和睦を決めても、実際に日々の暮らしを取り戻していくのは、そこに生きる多くの人々だったのではないでしょうか。
そして、これは戦争だけに限ったことではありません。
人間は、何か大きな問題を解決したとき、それですべてが完成したように感じることがあります。
しかし、問題を解決した後には、新しい状況が生まれます。
以前とは違う環境の中で、また考え、学び、次の答えを探さなければなりません。
完成だと思ったところが、次の始まりになることもあります。
人も社会も、その繰り返しの中で変わっていくのではないでしょうか。