敗れた一族を守るため、弓を取った女性。板額御前の知られざる人生【8】
巴御前と板額御前。二人の運命が重なるところ
板額御前の人生を追いかけていると、どうしても巴御前の物語を思い出す。
巴は、木曾義仲とともに戦い、最後の戦場を生き延びたと伝えられている。
そして後世の物語では、和田義盛の妻になったという。
一方、板額は鳥坂城で幕府軍と戦い、捕らえられた後、浅利義遠の妻になったと記録されている。
二人の人生には、驚くほど似た部分がある。
ともに武芸に優れた女性として語られた。
戦いに敗れた側にいた。
そして、敗北後に敵方の武将との婚姻が語られている。
しかし、重要な違いもある。
巴御前については、その実在自体を確かめられる同時代の記録がない。
一方、板額御前には、鎌倉幕府側の記録に、その戦いぶりと捕縛後の出来事が残されている。
ただし、『吾妻鏡』も後世に編纂された史料であるため、板額の生涯の細部をすべて確定できるわけではない。
ここで、私たちは一つの疑問を持つことになる。
もしかすると、巴御前の後半生に伝わる物語は、板額御前の人生から影響を受けているのではないだろうか。
二人の物語が似ていることは、偶然なのだろうか。
それとも、実際に存在した板額の逸話が、巴御前の伝承へ取り込まれていったのだろうか。
あるいは、当時の人々が優れた女武者について語るとき、同じような物語を好んでいたのだろうか。
その答えは、一つに決めることができない。
しかし、巴御前から板額御前へと調べる対象を広げたことで、見えてきたものがある。
それは、歴史上の人物の姿が、本人の人生だけで形づくられるわけではないということである。
後の人々が何を語り、何を記録し、何を忘れなかったのか。
その積み重ねによって、現在の私たちが知っている人物像は生まれている。
巴御前にも、板額御前にも、そうした長い時間が重なっているのである。
弓を持つ強さと、弓を置いた後の強さ
最後に、もう一度、鳥坂城で戦う板額御前の姿を思い浮かべてみたい。
城の周囲には、敵の軍勢が迫っている。
自分の一族は、すでに何度も戦いに敗れてきた。
それでも、板額は矢倉に立ち、弓を引いた。
そのとき彼女が何を考えていたのかは分からない。
一族の名誉を守ろうとしていたのかもしれない。
ともに城に立てこもった人々を守ろうとしていたのかもしれない。
あるいは、その時点で自分にできることが、弓を引くことだったのかもしれない。
そして、板額は敗れた。
敵の矢を受け、捕らえられ、鎌倉へ送られた。
そこでは、もはや弓の技術によって自分の運命を切り開くことはできなかった。
しかし、彼女の人生はそこで終わらなかった。
浅利義遠との出会いによって、まったく違う土地で暮らすことになった。
ここに、一人の人間の人生の不思議さがある。
若い頃に身につけた能力が、その人の人生を大きく変えることがある。
しかし、同じ能力だけで、一生を生きられるわけではない。
自分が得意としていたことが、ある日突然、必要とされなくなる場合もある。
それまでの環境で通用していた考え方が、新しい環境では役に立たないこともある。
そのようなとき、人間には別の力が必要になる。
自分の置かれた状況を見つめ直す力。
新しいことを学ぶ力。
これまでとは違う人々と関係を築く力。
そして、先の分からない人生を、それでも歩み続ける力である。
板額御前が実際にそのような力を発揮していたかどうかは、記録からは分からない。
しかし、彼女の人生を追いかけることで、私たちは人間の強さについて、もう一度考えることができる。
戦場で敵を倒す強さだけが、強さではない。
敗北した後、何もかもが変わってしまった世界で生きていくことにも、別の強さが必要になる。
巴御前には、鎧を脱いだ後の人生が語り継がれていた。
板額御前には、弓を置いた後の人生があった。
二人の人生が実際にどこまで似ていたのかは、まだ分からない。
それでも、二人の物語には、勝敗だけでは測れない人間の姿が残されている。
そして、甲斐の地に残された謎へ
板額御前の物語は、鳥坂城の落城で終わらなかった。
しかし、甲斐へ移った後の彼女について、記録は急に少なくなっていく。
浅利義遠とともに、どのような生活を送ったのか。
子どもが生まれたのか。
その子どもは、どのような人生を歩んだのか。
そして、板額自身は、いつ、どこで生涯を閉じたのだろう。
山梨県には、板額御前の墓とされる場所や、妊娠・出産に関係する伝承が残っている。
さらに、浅利氏の系譜にも、彼女の後半生を考える手がかりがあるかもしれない。
そこで次回は、甲斐へ移った後の板額御前を、もう少し深く調べてみたい。
敵として出会った板額と浅利義遠。
二人は、本当にどのような夫婦になったのだろう。
そして、越後の戦場で名を残した女性は、甲斐の土地に何を残したのだろう。
弓を置いた後も、板額御前の人生は続いていた。
その先に残された、小さな手がかりを探してみよう。