戦争を始めたのは、本当に「国民」だったのか
2014.09.14
歴史では「○○国と○○国が戦った」と書かれます。
この表現は便利です。でも、少し考えると奇妙です。
昨日まで畑を耕していた人が、隣の国の農民を突然憎み始めたのでしょうか。漁師同士が海の向こうの人間を滅ぼしたいと思ったのでしょうか。子どもを育てていた親が、遠くの知らない村を征服したいと願ったのでしょうか。
もちろん、村同士の争いもあったでしょう。水や土地、食料をめぐる衝突もあった。首長同士の権力争いもあったはずです。
でも、それと大規模な征服戦争は少し違います。
大きな軍を動かすには命令する者がいる。食料を集める者がいる。武器を用意する者がいる。そして、「あの土地を支配する」と決める者がいる。
普通に暮らしている人が、ある朝突然そんな仕組みを作るわけではありません。
大きな戦争の背後には、土地や資源、交易路、人、税、軍事力を自分たちの支配下へ置きたいと考える人たちがいたのではないでしょうか。
そして戦場へ行くのは、その決定をした本人だけではありません。
昨日まで畑にいた人です。
馬を育てていた人です。
妻や子どもを残してきた人です。
勝った側の兵士もまた、多くは支配者ではなかった。
だから私は、「勝った国の人間」と「負けた国の人間」に分けて善悪をつけるより、
誰が支配を決めたのか。
誰が命令されたのか。
誰が攻め込まれたのか。
そこを分けて考えたいと思います。
戦争の責任と、戦争に動員された人の人生は、同じではありません。
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