山の中の墓に、なぜ今も酒と花が置かれているのか
山の中に、ひっそりと残る墓があります。
観光地でもない。
大きな案内板があるわけでもない。
道も分かりやすくない。
それでも、そこには酒が置かれ、花が供えられ、石が積まれている。
私は、こういう場所に行くと立ち止まります。
なぜ、今も誰かがここへ来るのか。
饒速日の墓も、そういう場所の一つです。
広く名前を知られている人物ではない。
石切神社を知っている人でも、祭神の饒速日まで詳しく知っている人は多くない。
それでも、山の中の墓には人が来る。
酒を供える。
花を置く。
石を積む。
手を合わせる。
これは「有名だから」という理由だけでは説明しにくい。
誰かが、この場所を大切にしてきた。
誰かが、「ここは忘れてはいけない場所だ」と次の人へ伝えてきた。
私は、そこに土地の記憶が残っていると思っています。
アテルイとモレの塚も似ています。
東北の人物なのに、大阪の地で今も墓が守られ、花や供物が置かれる。
そこには、単なる観光とは違うものがある。
歴史の記録は消えることがあります。
書き換えられることもある。
でも、
墓を守る。
供物を置く。
石を積む。
手を合わせる。
こういう行為は、文字とは別の形で記憶を残します。
何百年もたてば、伝承の細かい部分は変わるでしょう。
人物像も変わる。
名前が別の神様と重なることもある。
それでも、
「ここは大切な場所だ」
という感覚だけは残る。
だから私は、山の中の墓に今も酒や花が置かれていることを、軽く見ません。
そこには、誰かが守り続けた理由がある。
その理由のすべてを、今の私たちはもう知らないかもしれない。
でも、
忘れてはいけない人だった。
その記憶だけは、今も残っている。
私は、そう思っています。