古代の森は巨大な資源庫だったのか
古代の森は巨大な資源庫だったのか
古代日本の風景を想像するとき、私たちは森を背景として見てしまいます。
山がある。
森がある。
その手前に集落がある。
でも、本当に森はただの背景だったのでしょうか。
家を建てる。
木が必要です。
船を作る。
木が必要です。
弓。
柄。
農具。
棺。
祭祀の道具。
窯を焚く薪。
炭。
生活のあらゆるところに木が使われます。
文化財として残る古墳時代の出土品を見ると、そのことがよく分かります。
木棺。
弓。
刀の鞘。
槍の柄。
建築材。
農具。
土木工具。
金属器のように目立たなくても、木は古代の生活を支える重要な材料でした。
たとえば奈良県桜井市の纒向石塚古墳では、周溝から農具、土木具、祭祀具、建築部材などの木製品が出土しています。
別の古墳では、ヒノキを使った全長5メートルを超える舟形木棺も残っています。
ここで考えてみます。
これだけ木を使うなら、どこから持ってきたのでしょう。
家を建てるたびに木を切る。
古墳を造る。
船を造る。
窯では大量の薪を燃やす。
しかも一度ではありません。
何世代も続きます。
森は無限ではありません。
陶邑では、須恵器生産のため大量の薪を使ったことが知られています。
木を切れば、次はもっと遠くまで取りに行かなければならない。
だから森は、ただそこにある自然ではなく、共同体が使い続ける巨大な資源庫だったのではないでしょうか。
どの木を切るのか。
どの木は残すのか。
どこから運ぶのか。
乾燥させるのか。
建築用と薪用では、必要な木も違ったはずです。
すると、木を知る人が必要になります。
山を知る人。
伐る人。
運ぶ人。
加工する人。
森から集落まで、そこにも一つの仕事の流れがあります。
神社や磐座の周辺に森が残されてきたことも、信仰だけで見れば「神聖な森」です。
しかし生活の側から見ると、森は水を蓄え、土を守り、木材や燃料を生み出す場所でもあります。
古代の人がそこまで現代的に森林管理を考えていた、と断定することはできません。
でも、人が森に依存していたことだけは間違いありません。
そして森を使い切れば、自分たちが困ります。
山の神。
御神木。
禁足地。
森を特別な場所として扱う文化の中には、自然を恐れる気持ちだけでなく、生活を支える場所を簡単に壊さない知恵も重なっていたのではないでしょうか。
古代の森は、背景ではありません。
そこは材料庫であり、
水源であり、
燃料庫であり、
そして人々が生きるための土台だったのかもしれません。