助け合いは、なぜ窮屈さに変わったのか
2013.10.10
最初にあったのは、助け合いだった。
困っている人を助ける。
子どもを地域で見る。
老人を支える。
祭りを一緒にする。
でも、人と人のつながりが強くなると、少しずつ別のものが生まれます。
「みんながやっているのだから、あなたもやるべきだ」
という考え方です。
ここから、
助け合いが義務になる。
気遣いが監視になる。
つながりが圧力になる。
私は、この変化が共同体の難しいところだと思っています。
本来は、
困った時に支え合うための仕組み。
それが、
同じように行動させるための仕組み
へ変わる。
すると、共同体の良さが消えていく。
縄文的なゆるやかさは、
「違っていても一緒に暮らせる」
ことだった。
でも社会が固定され、家や身分が強くなっていくと、
「違うこと」が問題になっていった。
本来の和は、同じになることではなかった。
違ったまま一緒に生きることだった。
私は、そこを忘れた時に、共同体は窮屈になったのだと思います。
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