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亀の瀬は、古代の奈良盆地を考える重要な場所ではないでしょうか

2013.06.09

奈良盆地から大阪へ流れる大和川をたどると、奈良県と大阪府の境に近いところに
「亀の瀬」があります。

ここは現在でも大規模な地すべり地帯として知られています。

実際、近代にも地すべりによって大和川の河床が隆起し、川がせき止められて奈良県側で
浸水被害が起きています。

現在も、川が閉塞すれば上流側の湛水と下流側の氾濫の両方につながる場所として国に
よる対策が続いています。

ここで一度、古代の奈良盆地を考えてみます。

今のような河川工事も排水施設もありません。

奈良盆地に降った雨や、周囲の山々から集まった水は、最終的には大和川を通って
大阪側へ流れていきます。

その出口にあたる場所が動き、土砂で狭くなれば、上流側の水は流れにくくなります。

これは近代の災害でも実際に起きています。

ならば、同じ地形が存在した古代にも、人々は亀の瀬周辺の水の流れや山の動きを
強く意識していたのではないでしょうか。

もちろん、「古代にこの工事をした」という記録が残っているわけではありません。

しかし、その土地で何世代も暮らしていれば、

大雨の後には川の様子を見る。

土砂が落ちれば取り除く。

水が流れにくくなれば何らかの方法で流れを確保する。

危険な場所を覚えて次の世代へ伝える。

そんな対応は必要だったはずです。

ここから考えると、奈良盆地の発展は盆地内部だけを見ても分からないのでは
ないでしょうか。

田畑を作ること。

水路を引くこと。

集落を作ること。

それだけではなく、盆地の水を外へ逃がす場所まで含めて、一つの生活圏として
見る必要があります。

亀の瀬は単なる県境の地すべり地帯ではありません。

奈良盆地の水が大阪側へ抜けていく、非常に重要な場所です。

そう考えると、古代の奈良盆地で暮らした人々も、亀の瀬を含む大和川全体を見ながら、
水と付き合って来たはずです。

王や豪族の名前を追うだけでは見えにくいですが、その土地で暮らし続けるためには、
水を流し続ける人たちの仕事が必要です。

奈良盆地に大きな社会が成立した背景には、そうした名も残らない人々の治水と
維持の積み重ねがあったのではないでしょうか。

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