昔の日本では、なぜ仕事と暮らしが分かれていなかったのか
今は、
仕事をする時間。
家で過ごす時間。
遊ぶ時間。
それぞれを分けて考えます。
でも昔の日本では、仕事と暮らしはもっと一つにつながっていた。
私はそう考えています。
畑を耕す。
魚を捕る。
道具を作る。
家を直す。
山へ入る。
水路を整える。
どれも仕事であり、同時に生活そのものでした。
家のすぐそばに仕事場がある。
子どもは、大人が働く姿を見て育つ。
老人は、自分の経験を横から教える。
近所の人も手を貸す。
だから仕事は、一人だけのものではなかった。
暮らしの中に仕事があり、仕事の中に人間関係があった。
私は、ここが今との大きな違いだと思っています。
昔の子どもは、学校へ行ってから仕事を覚えるのではない。
毎日の生活の中で覚えていく。
父や母だけから学ぶのでもない。
近所の職人。
農業に詳しい人。
山を知る人。
手の器用な老人。
いろいろな人の仕事を見る。
そして少しずつ手伝う。
失敗する。
教えてもらう。
またやる。
その中で、一人前になっていく。
仕事と教育も分かれていなかった。
仕事と地域も分かれていなかった。
仕事と家族も分かれていなかった。
全部がつながっていた。
だから仕事は、
お金をもらうためだけのものではなかった。
食べるため。
誰かを助けるため。
地域を維持するため。
技術を次へ渡すため。
いろいろな意味が重なっていた。
私は、昔の日本人が仕事を大切にしてきた理由の一つは、ここにあると思っています。
仕事が人生とは別のものではなかった。
生きることそのものの一部だった。
だから道具を大切にする。
技術を大切にする。
教えてくれた人を大切にする。
そして、自分の仕事が誰かの暮らしにつながっていることを知っていた。
昔の日本では、仕事と暮らしは分かれていなかった。
私は、その感覚が日本のものづくりの根っこにも残っていると思っています。