楠木正儀 父と兄を失い、南朝と北朝の間で生きた武将。何を守るために立場を変えたのか【3】
戦いに勝っても、なぜ平和にならないのか
ここで少し、正儀が見ていたであろう社会について考えてみたいと思います。
南朝と北朝の争いは、単に二つの朝廷の間だけで起きていたわけではありません。
それぞれを支持する武士たちが各地で戦い、土地の支配をめぐって争っていました。
戦いが始まれば、人々の生活にも影響が及びます。
田畑が荒れれば、農業を続けることが難しくなります。
道路や水路が使えなくなれば、物資の輸送にも支障が出ます。
商人が安心して行き来できなければ、地域の経済も弱っていきます。
さらに、戦いによって家族を失う人々もいます。
政治の中心にいる人間が、正統性や権限をめぐって争っていても、そこで暮らす人々にとっては、毎日の生活を続けられるかどうかが切実な問題だったでしょう。
正儀は、父と兄を戦いで失っています。
そして、自分自身も長い年月にわたって戦い続けてきました。
一つの戦いに勝っても、また次の戦いが始まる。
敵を退けても、新しい敵が現れる。
そのような経験を重ねる中で、正儀は何を考えるようになったのでしょうか。
これ以上戦い続けることに、どのような意味があるのか。
武力だけで本当に南朝を守り抜けるのか。
そして、戦いを終わらせるためには、別の方法が必要なのではないか。
正儀が実際にこのような言葉で考えていたという記録があるわけではありません。
しかし、後の行動を見れば、武力による勝敗だけでなく、政治的な和解の可能性を探っていたことが分かります。
正儀が目指した、南
南朝を離れ、室町幕府へ
1368年、南朝の後村上天皇が亡くなります。
その後、長慶天皇が即位しました。
南朝の内部でも、和平に対する考え方や政治的な力関係が変化していきます。
正儀は、次第に南朝の中で難しい立場に置かれるようになりました。
そして1369年。
正儀は、長く支えてきた南朝を離れ、北朝側の室町幕府に加わります。
この出来事を、後世の人々はどのように見てきたのでしょうか。
父の正成は、足利尊氏と戦い、湊川で亡くなりました。
兄の正行も、足利方の高師直と戦い、四條畷で命を落としました。
その正成の息子が、足利氏の幕府に加わったのです。
父や兄が何のために戦ったのか。
そのことを思えば、正儀の選択を理解できなかった人々もいたでしょう。
しかし、ここで考えたいのは、正儀自身が何を守ろうとしていたのかということです。
正儀は、父や兄の死を知らなかったわけではありません。
むしろ、身近な家族を失った人物だからこそ、戦いがもたらすものを深く知っていた可能性もあります。
南朝に残り、戦い続ける道もあったでしょう。
しかし、その道を選んだ場合、河内の人々や楠木一族は、さらに大きな戦いに巻き込まれるかもしれません。
一方、幕府に加われば、政治的な立場や所領を守りながら、争いを終わらせるための働きかけができると考えた可能性もあります。
もちろん、正儀の選択を和平だけで説明することはできません。
南朝内部の対立や、幕府との関係、所領の問題など、さまざまな事情が重なっていたと考えられます。
それでも、正儀が単に有利な側へ移っただけの人物だったのかどうかは、慎重に考えたいところです。
長年にわたって南朝を支えてきた正儀が、なぜこの時期に立場を変えたのか。
その背景には、一つの言葉では説明できない事情があったのではないでしょうか。
幕府に加わった正儀を待っていたもの
室町幕府に加わった正儀は、河内や摂津の一部を治める立場を与えられました。
しかし、幕府に加わったからといって、すべてが安定したわけではありませんでした。
南朝側には、正儀の行動を受け入れられない人々がいました。
かつて同じ側で戦っていた武士たちが、今度は正儀と敵対することになります。
正儀は、父や兄が戦ってきた足利方の武将たちと協力しながら、かつての仲間と戦う立場になってしまったのです。
そのような状況を、正儀はどう受け止めていたのでしょうか。
自分の選択が正しかったと考えていたのでしょうか。
それとも、思い描いていた和平への道が、予想以上に難しいことを感じていたのでしょうか。
室町幕府の内部にも、さまざまな考え方を持つ人々がいました。
正儀が幕府に加わったからといって、全員が正儀を信頼していたとは限りません。
むしろ、かつて敵として戦った人物を、簡単には信用できない人々もいたでしょう。
ここでも正儀は、人間関係を築き直す必要に迫られたのではないでしょうか。
長年の敵だった人々と協力する。
かつての仲間から敵として見られる。
立場を変えるということは、単に所属する組織を変えることではありません。
それまで積み重ねてきた人間関係まで、大きく変わってしまうことがあるのです。
正儀が進もうとした道は、決して楽なものではなかったと思います。