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敗れた一族を守るため、弓を取った女性。板額御前の知られざる人生【1】

2015.03.03

鎌倉幕府に反旗を翻した女武者。敵の矢に倒れ、捕虜となった彼女を待っていたのは、想像もしなかった新しい人生だった。

1201年、越後国。

現在の新潟県胎内市にあたる山々に囲まれた土地で、一人の女性が弓を構えていた。

その名は、板額御前(はんがくごぜん)。

坂額御前とも記される。

彼女が立っていたのは、鳥坂城の矢倉だった。

城の周囲には、鎌倉幕府が送り込んだ討伐軍が迫っている。

戦いは、すでに容易には勝てない状況になっていたのかもしれない。

それでも、板額は弓を手放さなかった。

敵兵が近づけば矢を放つ。

一人、また一人と敵が倒れていく。

その弓の腕前は、父や兄たちをしのぐほどだったと『吾妻鏡』は伝えている。

しかし、やがて敵の放った一本の矢が、彼女の身体を射抜いた。

板額は倒れ、捕らえられた。

そして、遠く鎌倉へ送られることになる。

戦いに敗れた一族の女性が、敵の本拠地へ連れていかれる。

そこに、どのような運命が待っていただろう。

処刑される可能性もあったはずである。

一族の反乱に加わり、幕府の兵士たちを次々と射倒した人物なのだから。

ところが、板額御前の人生は、ここから意外な方向へ進んでいく。

彼女の姿を見た一人の武将が、将軍に申し出たのである。

この女性を、自分の妻に迎えたい。

それは、板額を捕らえた側に属する武将だった。

なぜ、敵として戦った女性を妻に迎えようとしたのだろう。

そして板額自身は、その申し出をどう受け止めたのだろう。

この出来事は、巴御前の後半生に伝わる物語と驚くほど似ている。

しかし、板額御前の場合は、鎌倉幕府の歴史を記した『吾妻鏡』に、その戦いや捕縛後の出来事が残されている。

もちろん、『吾妻鏡』も事件から年月を経て編纂された書物であり、すべての言葉や描写をそのまま事実として受け取ることはできない。

それでも、巴御前の物語とは異なる手がかりが残されているのである。

今回は、板額御前が生きた越後の土地と、彼女を取り巻く一族の運命をたどりながら、戦乱の中で生き抜いた一人の女性について考えてみたい。

板額御前が生まれた、越後の城氏という一族

板額御前の人生を考えるには、まず城氏(じょうし)という一族を知る必要がある。

城氏は、平安時代末期の越後国に勢力を持っていた有力な武士の一族である。

その祖先は、桓武平氏の流れをくむと伝えられ、越後の広い地域に勢力を築いていた。

板額の父は、城資国とされる。

そして、城資永や城長茂といった武将たちが、彼女の兄弟にあたると伝えられている。

板額がどのような幼少期を送ったのかは、ほとんど分かっていない。

母親がどのような人物だったのか。

何歳から弓を習い、誰に教えられたのか。

兄弟たちとは、どのような関係だったのか。

そうした日々の生活を伝える記録は残されていない。

ただ、彼女が育ったとされる越後には、広い平野だけでなく、山々や河川、湿地など、多様な地形が存在していた。

現在の胎内市周辺も、東には山地が広がり、西には日本海がある。

その間を胎内川が流れ、山間部と平野部をつないでいる。

越後の武士たちは、こうした土地で農業や地域の支配に関わりながら、軍事的な力を蓄えていった。

当時の武士は、戦いだけをして暮らしていたわけではない。

所領を管理し、人々の生活を支え、地域の争いに対処しながら、自分たちの一族を維持していた。

土地を守ることは、単に城を守ることではなかった。

そこに暮らす家族や家臣、その家族を支える人々との関係を維持することでもあった。

板額も、そうした武士の一族の中で育ったと考えられる。

では、彼女はなぜ、優れた弓の技術を身につけていたのだろう。

『吾妻鏡』には、板額の弓の腕前が父兄を超えるほどだったという趣旨の記述がある。

このことから、少なくとも物語の中では、彼女の能力が家族の武芸と比較されていたことが分かる。

もしかすると、幼い頃から家族の武芸を身近に見て育ったのかもしれない。

兄弟たちと競い合いながら、弓の技術を磨いた可能性もある。

しかし、具体的な修練の様子は分からない。

分かっているのは、1201年の戦いにおいて、彼女の弓の技術が敵方からも注目されるほどだったということである。

一人の人間が優れた能力を身につける背景には、生まれ持った特徴だけでなく、育った環境や、そこで出会った人々の存在がある。

板額の武芸もまた、越後の武士社会の中で培われたものだったのではないだろうか。

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