「国譲り」は、戦争の記憶を柔らかく書き換えた物語なのか
2014.07.28
「国を譲りました」。
言葉だけ読むと、穏やかです。
話し合いをして、相手が納得して渡したように聞こえます。
でも本当にそうだったのでしょうか。
神話では、国譲りの交渉に武力を象徴する神々が登場します。
それを考えると、完全に穏やかな話だけだったとは言い切れません。
もしかすると実際には、政治的な圧力、軍事的な威嚇、交渉、婚姻など、さまざまなものが絡んだ勢力交代の記憶があった。
それを後世に「国譲り」という物語へ整えた可能性も考えられます。
なぜそんな物語にしたのでしょう。
「我々は奪った」
より、
「相手から譲られた」
方が、新しい支配の正当性が高くなります。
そして譲った側の神も立派な存在として残せます。
敗者を完全に悪者にしない。
その代わり、新しい秩序を受け入れた存在として物語の中へ置く。
これは非常に巧妙です。
暴力の記憶があったとしても、何世代も経つうちに「合意によって一つになった」という物語へ変わる。
もしそうなら、神話の美しい物語の下に、人間同士のもっと生々しい政治が隠れている可能性があります。
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