「地方」という言葉は、いつから地方になったのか
2014.07.16
現在なら東京から見て地方、大阪から見て地方という言葉を使います。
でも古代の吉備や出雲、筑紫、東国に住んでいた人は、自分たちを「地方の人間」だと思っていたでしょうか。
おそらく違います。
自分たちの土地が世界の中心です。
そこに山があり、川があり、神がいる。
交易相手がいる。
隣の勢力がいる。
遠くから人が来る。
自分たちの言葉と祭りがある。
大和側から見れば遠い地域でも、そこに住む人にとっては大和の方が遠い。
これは当たり前のことです。
でも歴史を書く側が大和なら、地図の中心も大和になります。
すると他の地域は「周辺」になります。
中心と周辺は、地理だけで決まるものではありません。
誰が地図を描いたかでも変わります。
だから「地方豪族」という言葉を見る時も、一度頭の中で外してみたい。
その人物は自分の土地では王に近い存在だったかもしれない。
別の政治圏を持っていたかもしれない。
その視点を持つだけで、古代の人物がずっと大きく見えてきます。
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