「弱いところを見せられる相手」がいるだけで、人は強くなれる
2014.01.19
何でも話せる人。
失敗したと言える人。
しんどいと言える人。
格好悪いところを見せても、離れていかない人。
昔の日本の共同体には、そういう相手が今より身近にいたのではないかと思います。
家族だけではない。
近所の人。
仕事仲間。
年上の人。
祭りで顔を合わせる人。
いつも同じ井戸を使う人。
全部を知っているわけではない。
でも、
普段の自分を知っている。
だから少し様子が違えば気づく。
無理をしていれば声をかける。
失敗しても、次の日にはまた顔を合わせる。
私は、これが大きかったと思っています。
今は、失敗すると人間関係まで失うように感じることがあります。
仕事がうまくいかない。
恋愛が終わる。
自信をなくす。
そんな時に、
「こんな自分を見せたくない」
と思ってしまう。
でも昔の共同体では、格好悪い自分を隠し続けることは難しかった。
泣いている日もある。
怒っている日もある。
失敗した日もある。
それでも次の日には、また同じ地域で暮らす。
私は、その逃げられなさの中に、逆に安心もあったと思っています。
完璧でなくても、そこにいていい。
それが分かっていれば、人は無理に強く見せなくていい。
本当の強さは、
何でも一人でできることではない。
弱いところを見せても、戻ってこられる場所があること。
そして、
「今日はちょっとしんどい」
と言える相手がいること。
昔の日本では、そういう小さなつながりが、人を支えていた。
私は、人は弱さを隠すことで強くなるのではなく、
弱さを見せても大丈夫だと思える時に、少し強くなれる。
そう思っています。
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