なぜ“偉い人”が生まれたのか
古い共同体では、中心になる人はいても、今の感覚でいう「偉い人」とは少し違っていた。
狩りの時に頼られる人。
水を知っている人。
祭りをまとめる人。
道具を作るのが上手な人。
その場面、その場面で必要な人が前へ出る。
でも役割が固定され、世襲されるようになると、そこに新しいものが生まれます。
権威です。
この家は祭祀を担う。
この家は土地を管理する。
この家は人をまとめる。
この家は武力を持つ。
そういう役割が代々続くと、
「この人は役割を持っているから大切」
だったものが、
「この家の人だから偉い」
へ変わっていく。
私は、ここで日本社会に「偉い人」という考え方が強く入り始めたと思っています。
もともとは役割だった。
でも、役割に土地、財産、武力、祭祀、血筋が重なる。
すると、その人の存在そのものに特別な価値があるように見えてくる。
さらに、その地位を守るためには物語も必要になる。
「この家は昔から特別だった」
「この家は神につながる」
「この家には正統な血筋がある」
そういう物語が作られていく。
すると、役割はもう仕事ではなくなります。
身分になります。
そして身分は、簡単には動かなくなる。
私は、古代社会が大きく変わったのはここだったと思います。
最初は、
できる人が担う社会。
そこから、
任された家が担う社会。
さらに、
その家だから従う社会。
へ変わっていった。
「偉い人」は、最初からいたのではない。
社会の仕組みが変わる中で、少しずつ作られていった。
そう考えると、古代日本を見る時に本当に大切なのは、
「誰が一番偉かったのか」
ではなく、
なぜ人を上下に分ける必要が生まれたのか
ということになる。
私は、その方がずっと歴史の本質に近いと思っています。