物部氏は「一族」ではなく技術者集団だったのではないか
2013.05.24
物部氏と聞くと、古代の有力豪族というイメージがあります。
けれど私は、「物部」という名前をそのまま血縁の一族として見るよりも、物を作り、扱い、管理する人たちの集団だったのではないかと考える方が自然に感じます。
古代の暮らしには、今以上に多くの技術が必要でした。
木を切り、家を建てる人。
鉄や銅を扱う人。
農具を作る人。
水路を整える人。
土器を焼く人。
道を知り、物を運ぶ人。
そうした人たちが、それぞれ別々に存在していたというより、必要に応じて協力しながら一つの地域を支えていたのではないでしょうか。
もし物部がそうした職能集団の呼び名だったとすれば、話はずいぶん変わって見えてきます。
「物部氏が支配した」というより、さまざまな技術を持つ人たちが集まり、土地ごとの人々と協力しながら、暮らしを整えていった。
その中心に調整役となる人物がいた。
そんな姿の方が、実際の社会には近かったのではないかと思います。
もちろん、後の時代には血縁や家系として整理されていった可能性があります。
けれど、その始まりまで同じ形だったとは限りません。
名前や系図だけを見ると、一人の祖先から大きな一族が生まれたように見えます。
でも現実のものづくりは、いつの時代も一人ではできません。
技術を持つ人、材料を集める人、土地を知る人、使う人。
たくさんの人が関わって、初めて一つのものができあがります。
古代の社会も、案外そういう普通の積み重ねから始まったのかもしれません。
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