神話の神様ではなく、この土地で生きた人たち
2013.05.18
饒速日さまや長髄彦さまのことを調べていると、私はいつも不思議な感覚になります。
神話の中の遠い存在というより、この土地で本当に暮らしていた人たちの姿が見えてくるからです。
山がある。
川がある。
集落がある。
家族がいて、仲間がいて、仕事があった。
技術を持って土地を開き、道具をつくり、食べるものをつくり、子どもを育てる。
時には争いもあったでしょう。
失敗したことも、悩んだこともあったはずです。
そして年を取り、次の世代へ何かを残していった。
私は各地の神社や伝承地を訪ねてきました。
大きく立派な神社だけではありません。
住宅街の中に残る小さな社。
山の中にひっそり残る場所。
案内もほとんどなく、知っている人しか訪れないような場所。
それでも、名前や伝承は残っています。
不思議なのは、何千年という時間が流れているのに、完全には消えていないことです。
誰かが覚えていた。
誰かが伝えた。
誰かが小さな社を守った。
その積み重ねが、今まで続いてきたのだと思います。
私にとって神様とは、最初から空の上にいた存在ではありません。
この土地で生き、働き、家族を守り、次の世代へ命をつないだ人たち。
その人たちへの敬意が、長い時間をかけて「神様」という形になったのではないか。
そんなふうに考えると、神社へ行く意味も少し変わります。
お願いをしに行く場所ではなく、
「ここまで残してくれて、ありがとう」
と、ご先祖さまたちに挨拶をしに行く場所になる。
私は、そんな気持ちで神社を歩いています。
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