徐福さま|エンジニアの元祖ではないか?②
徐福さまの話を親友としていると、どうしても引っかかることがあります。
不老不死の薬を探しに行った。
そこまでは分かります。
でも、その旅に五穀の種を持っていって、たくさんの技術を持った人まで連れていった。
「これ、薬探しのメンバーじゃないよな?」
と親友が言いました。
たしかに。(笑)
私もそう思います。
農業をするなら、道具がいる。
魚を獲るなら、道具がいる。
木を切るなら、道具がいる。
何かを加工するなら、やっぱり道具がいる。
つまり、新しい土地で暮らすなら、その土地に合わせて「使えるもの」をつくらなければならない。
私は、ここに徐福さまの集団の面白さがあると思っています。
知識だけを持って行ったのではない。
知識を、道具や仕組みに変える人たちがいたのではないか。
これって、ものすごくエンジニアっぽくないですか。
農業に必要なら、農業の道具を考える。
魚を獲るなら、もっと獲りやすい方法を考える。
木を加工するなら、そのための道具をつくる。
生活に必要なら、必要なものを考えて形にする。
「こうしたい」
だけでは終わらない。
「じゃあ、どうすればできる?」
と考える。
私は、ここがエンジニアの原点のように感じます。
親友に、
「徐福さまって、仙人よりエンジニアの方が似合ってない?」
と言ったら、
「名前変えようか。エンジニア徐福」
と笑っていました。
でも、意外と本質を突いている気がします。
未来を想像する人がいて、それを現実の道具にする人がいる。
そして、その道具を使って暮らしが変わる。
それを繰り返していけば、土地そのものが変わっていく。
弥生時代に入って、農耕や金属器など新しい技術が広がった日本を考えても、技術というのは「誰かが持ってきた」で終わりではありません。
その土地で使える形にして、改良して、次の人へ渡していく。
結局、技術は人の手の中で育つものです。
ここから少し、会社の広報をさせてください。
(株)アリスの仕事も、考え方は少し似ています。
お客様から、
「こういうものが欲しい」
と相談される。
でも、最初から答えがあるとは限りません。
だったら、どうするか。
材料を変えてみる。
形を変えてみる。
加工方法を変えてみる。
治具をつくってみる。
必要なら、社外の技術も借りる。
「こうしたい」を「実際に使えるもの」に変えていく。
私は、ものづくりの面白さって、ここにあると思っています。
徐福さまの話を調べていて、
「未来をつくる人は、未来を語るだけじゃなく、道具をつくるんだな」
そう思いました。