産田神社で出会った黒い蝶々|参拝を終えるまで続いた不思議な出来事
三重県熊野市にある産田神社を、バイクで訪れた日のことです。
鳥居をくぐり、木々に囲まれた参道を本殿へ向かって歩き始めたとき、
一匹の黒い蝶々が目の前に現れました。
アゲハ蝶のような、大きく華やかな黒い蝶々でした。
ひらひらと羽を動かしながら、こちらへ向かって飛んできます。

まるで、私が来るのを待っていて、迎えに来てくれたようでした。
そして、不思議なことが起こりました。
その蝶々がくるりと向きを変え、今度は私の進む方向へ飛び始めたのです。
本殿へ続く参道を、まるで道案内をするように。
私は、その後ろを歩いていきました。

木々に囲まれた産田神社
産田神社は、熊野市有馬町に鎮座する古い神社です。
日本神話に登場する伊弉冉尊(イザナミノミコト)が、火の神である
軻遇突智神(カグツチノカミ)を産んだ場所と伝えられています。

「産田」という名前も、神が生まれた場所に由来するとされています。
火の神を産んだことで命を落としたと伝えられるイザナミ。
その御陵とされる花の窟神社とも、深い関わりのある場所です。
境内には、古代の祭祀の姿を伝える「神籬(ひもろぎ)」と呼ばれる石で囲まれた
祀り場も残されています。
まだ立派な社殿が建てられる以前、人々は自然の中に神を迎え、
祈りを捧げていたのでしょう。
この神社には、そんな遠い昔の信仰につながる場所が残っているのです。

参道の両側には大きな木々が立ち並び、足元には小石が敷き詰められています。
木々の間から差し込む日差しが、参道のあちこちを明るく照らしていました。
その中を、黒い蝶々が飛んでいました。

先を歩く黒い蝶々
最初は、偶然こちらへ飛んできたのだと思いました。
ところが、蝶々はそのまま遠くへ飛び去るのではなく、私の前を飛んでいきます。
黒い羽をひらひらと動かしながら、参道の奥へ。
私も本殿へ向かって歩きます。
すると、蝶々も同じ方向へ。
その姿を見ているうちに、何だか本当に案内してもらっているような気持ちになりました。
不思議な蝶々だな。
そんなことを思いながら、本殿へと向かいました。

参拝を終えた帰り道
あの黒い蝶々がいました。
まるで、参拝が終わるのを待っていてくれたようでした。
そして、今度は少しずつ私に近づいてきたのです。
最初は少し離れたところを飛んでいました。
それが、だんだん近くなってきます。
もう、手を伸ばせば触れられそうな距離です。
黒い羽を動かしながら、私の周りをひらひらと飛んでいます。
こんなに近くまで来るんだ。
そう思っていると、蝶々が私の身体に触れました。
一度だけではありません。
本殿で参拝を済ませ、帰ろうとしたときのことです。
何度か、身体に接触してきたのです。
逃げていく様子もなく、また近づいてきます。
そして、とうとう。
黒い蝶々が、私の肩に止まったのです。

肩に止まった、その瞬間
蝶々が肩に止まるとは思っていませんでした。
思わず、ビクッと身体が反応してしまいました。
すると、蝶々は肩を離れ、そのまま飛んでいってしまいました。
あっ。
驚かせてしまった。
嫌がっていると思ったのかな。
せっかく肩に止まってくれたのに。
悪いことをしてしまいました。
もう少しじっとしていればよかった。
そのときのことは、今でも覚えています。

黒い蝶々は、何をしに来たのだろう
あの日のことを思い返すと、不思議な気持ちになります。
鳥居をくぐったところで、向こうから飛んできた黒い蝶々。
私の前を案内するように飛び、本殿へ向かっていったこと。
参拝を終えると、また姿を見せてくれたこと。
帰り道では何度も身体に触れ、最後には肩に止まってくれたこと。
一匹の蝶々との、ほんの短い時間の出来事です。
けれど、私にとっては忘れられない参拝になりました。
後になって写真を見返してみると、産田神社の鳥居や参道、本殿、境内の
風景は何枚も残っていました。
ところが、あの黒い蝶々の写真は一枚もありませんでした。
もしかすると、あのときは蝶々を撮影することを、どこか不遜なことのように
感じていたのかもしれません。
目の前で起きている出来事を、ただ見つめていたかったのかもしれません。
産田神社は、イザナミが火の神カグツチを産んだと伝えられる場所です。
命の誕生と、母神の死。
日本神話の中でも、とても深い物語が残されています。
そんな場所で出会った、一匹の黒い蝶々。
迎えに来てくれたように現れ、参拝の間は道案内をしてくれて、帰りには肩にまで
止まってくれた。
あの蝶々は、いったい何をしに来てくれたのでしょう。

それから何度か参拝しましたが、今となっては、もう一度会うこともできません。
一つだけ心残りがあります。
肩に止まってくれたとき、驚かずにじっとしていればよかった。
あのとき、もう少しだけ一緒にいられたのかもしれません。
あの日、産田神社の参道で出会った黒い蝶々。
今でも思い出すのは、最後に私の肩に止まってくれた、あの一瞬です。