天河大弁財天社で出会った二匹の猫|あの日、何かが落ちた
バイクの免許を取ったばかりの頃、嬉しくて嬉しくて、休みになると
必ず一人で走りに出ていました。
まだ行ったことのない場所へ向かうのが楽しくて、早朝からエンジンをかけ、
神社をめぐることもよくありました。
その日も、ソロツーリングで神社を回っていました。

最初に立ち寄ったのは、墨坂神社です。
参拝した時、少しぞくっとするような感覚がありました。
朝の空気が冷たかっただけかもしれません。
ただ、その時から何となく身体が重いような、妙な寒気のようなものを
感じていました。
そのまま次に向かったのが、天河大弁財天社でした。
バイクを走らせている間も、けだるさと寒気は続いていました。
風邪の引き始めかな。
そんなふうに思っていました。
楽しいはずのツーリングなのに、どうも身体がすっきりしない。
それでも、せっかくここまで来たのだからと思い、そのまま駐車場へ入りました。

バイクを停めると、近くに猫が二匹いました。
一匹は黒い猫。
もう一匹は茶色の猫でした。
何気なくその近くを通ろうとした、その時でした。
黒い猫が突然、うなり声をあげてこちらを威嚇してきたのです。
今にも飛びかかってきそうな勢いでした。
背を低くし、全身で怒っているのが分かるような様子でした。
驚きました。
こちらは何をしたわけでもありません。
ただ、そこにいただけです。
すると、もう一匹の茶色の猫が、その黒い猫の前に入るような形になりました。
まるで、「やめておけ」とでも言うように。
黒い猫のほうへ顔を向けながら、間に立って止めているように見えました。
けれど、黒い猫の怒りはなかなか収まりません。
茶色の猫も困っているようでした。
止めたいのに止めきれない。
どうしたらいいのか分からない。
そんなふうに見えました。
その状態が、しばらく続きました。
実は、私はかなりトイレを我慢していました。
それどころではない状況でしたが、もう限界でした。
猫たちの様子を見ながら、タイミングを見て、さっと走って、
その先にあったトイレへ入りました。
扉を閉め、用を足し、ようやく一息つきました。
出る頃には、もう二匹ともいなくなっているだろう。
そう思っていました。
ところが、外へ出ると、まだ二匹ともいたのです。
そして、さっきまで激しく怒っていた黒い猫が、今度は甘えた声を出しながら、
私の足にすり寄ってきたのです。
あれほど威嚇していた猫とは思えませんでした。
足元に身体を寄せ、まとわりつくように甘えてくる。
私は思わず、頭をなでて「よしよし」と声をかけました。

茶色の猫は少し離れたところから、その様子を見ていました。
黒い猫はずっとすり寄ってきてなかなか離れない。
茶色の猫も落ち着いたままこちらを見ている。
そして、私がその場を離れようとすると、二匹ともどこか名残
惜しそうにこちらを見ていました。
それから、くるりときびすを返し、今度は仲良く去っていきました。
まるで、最初の騒ぎが嘘だったかのようでした。
不思議だったのは、猫の様子だけではありません。
あれほど感じていた寒気とけだるさが、その頃にはすっかり消えていたのです。
墨坂神社を出てからずっと続いていた身体の重さが、なくなっていました。

そして、それ以降はずっと元気でした。
もし、猫のことだけなら、気まぐれだったのかもしれません。
警戒していただけだったのかもしれません。
最初は私に何かを感じて怒り、あとから安心して甘えてきただけなのかもしれません。
寒気やけだるさも、早朝の冷えや疲れによるものだったと言えば、それで説明はつきます。

でも、あの日の出来事は、どうしてもそれだけでは片づけられません。
墨坂神社で少しぞくっとしたこと。
天河大弁財天社へ向かう途中も、寒気とけだるさが続いていたこと。
駐車場で、黒い猫が激しく威嚇したこと。
もう一匹の猫が、その間に入って止めようとしていたこと。
そして、トイレから戻ると、怒っていた猫が甘えるようにすり寄ってきたこと。
その頃には、自分の身体もすっかり軽くなっていたこと。
一つひとつだけなら偶然かもしれません。
でも、全部が続けて起きた出来事として思い返すと、やはり不思議です。
何かが憑いていたのかな。
あの黒い猫が最初に見せた激しい怒りと、その後の甘えるような仕草の激変は、
今でも忘れられません。
もしかすると、あの二匹は、私に見えない何かを相手にしていたのでしょうか。
あるいは、私のそばにあった何かを、あの場所で落としてくれたのでしょうか。
答えは分かりません。
でも、天河の駐車場で出会った二匹の猫のことは、今でもはっきり覚えています。