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なぜ胆沢で戦えたのか

2014.10.05

胆沢が豊かな土地だったことは分かってきました。

では、もう一つ考えたいことがあります。

なぜアテルイたちは、朝廷軍と戦うことができたのでしょうか。

人数だけなら、朝廷側は大軍を動かせます。

武器もある。

物資もある。

命令系統もある。

普通に考えれば、地方の人々が正面から戦って勝つのは簡単ではありません。

それでも789年、朝廷軍は大きな損害を受けました。

ここで重要になるのが、土地です。

胆沢は北上川と、その支流がつくる平野にあります。

川がある。

湿地がある。

低地がある。

その周囲には山もある。

今の道路を見ていると分かりにくいですが、当時の軍隊にとって川や湿地は大きな
障害になります。

重い装備を持った兵が移動する。

食料を運ぶ。

馬を動かす。

隊列を維持する。

知らない土地では、それだけでも大変です。

一方、そこに暮らしている人は違います。

どこが浅いか知っている。

どこで川を渡れるか知っている。

雨が降ればどこがぬかるむか知っている。

どこへ逃げれば追いにくいか知っている。

舟を使える場所も知っている。

地図では分からない土地の癖を知っている。

これは大きな武器です。

アテルイたちが朝廷軍を破った戦いでも、朝廷軍は川を渡って進軍し、その後退する途中で
大きな被害を受けています。

私はここに、ただの兵力差ではないものを感じます。

土地を知らない側と、

土地の中で生まれ育った側。

同じ場所で戦っても、見えている景色が違います。

朝廷側にとって川は障害です。

でも地元の人にとっては、いつも使っている道でもある。

湿地も同じです。

外から来た兵には足を取られる場所でも、暮らしている人には危険な場所と通れる場所の
違いが分かる。

つまりアテルイたちは、

土地そのものを味方につけていた

のではないでしょうか。

水は障害にもなる。

でも使い方を知る人にとっては道になる。

川も同じです。

山も同じです。

自然そのものに敵味方があるわけではありません。

知っている人間に有利になる。

日高見と呼ばれた東の世界が簡単には支配されなかった理由の一つは、ここにあったのかもしれません。

その土地で生きる方法を、そこに暮らす人々が知っていた。

だから大軍を送り込めば終わる、という話ではなかったのだと思います。

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