供物は、誰に向けて置かれているのか
2014.05.15
供物は面白いです。
花。
酒。
米。
水。
果物。
時には、小さな石。
こうしたものが古い墓や祠に置かれていると、そこには今も人間関係が続いていることが分かります。
死んだ人と、生きている人。
何百年も離れているのに、関係が切れていない。
これはかなり不思議なことです。
普通なら、会ったこともない人物です。
顔も知らない。
声も聞いたことがない。
それでも酒を持っていく。
花を置く。
手を合わせる。
そこには、「歴史人物だから尊敬する」というだけでは説明できない感覚があるように思います。
もっと身近です。
土地の人にとって、その人物が「ご先祖様に近い存在」になっていることもある。
血のつながりがあるかどうかとは別です。
この土地を守った人。
この村の始まりに関わった人。
昔から祀られてきた人。
そういう存在です。
供物は、
「あなたを忘れていません」
という行為なのかもしれません。
歴史書には、その人物を「賊」と書くこともできます。
敗者と書くこともできます。
でも、土地の人が千年後にも酒を置いているなら、その人物の評価はそれだけでは終わっていません。
記録の評価と、人々の評価が違う。
その違いを供物が今も見せている。
私はそこに、土地の歴史の強さを感じます。
新着記事
人気記事
カテゴリー
アーカイブ